ドイツの指物師

先日書いた「外国人が見た日本」の中で、ドイツのマイスター制度について少し触れました。この制度のことを、なんだかなぁ、と感じていましたが、やはり2004年に大規模な法改訂があって、対象職種が大幅に削減されました。昔ながらの手工業が技術進歩によってじわじわと陳腐化するなどして、その根本が揺らいできてしまった、というのが理由だそうです。

この記事の末尾に、どんな職種が制度の対象から外されたかを示す表を挙げておきます(法改正実施前の予測で、正式のものではありません)。ピンク色のセルの職種が対象から外されるとされているものです。これらの職種はすべて、従来は生涯で一度きりしか許されていないマイスターの資格試験に合格した人でなければお店や会社をやってはいけないことになっていました。

この職種の中で日本の伝統工芸に該当しそうなのは、「33. 金属彫刻」、「37. 金銀細工」、「43. ろくろ・木製玩具製造」、「44. 木彫」、「45. 樽製造」、「46. カゴ編み細工」、「50. 機織り職人」、「70. ロウソク製造」、「76. ガラス器・陶磁器絵付け」、「83. 製陶」といったところでしょうか。

木工加工のカテゴリの中にある「38. 指物師」が対象から外されていません。これは何故でしょう?

豆知識: 指物師というのは、日本では釘などの接合具を使わずに組み上げる箱ものやタンス、椅子といった工作物(指物)を作る人のことを指していますが、ドイツではどうなのでしょうか。日本では昔は(たぶん江戸時代以降?)、いわゆる木工職人といっても、いくつかに分業されていました。戸や障子の枠は建具屋、婚礼ダンスは家具屋、引き出しや机など小さな調度品は指物屋、襖に紙を貼るのは経師屋など。指物屋と建具屋は、英語ではどちらも “joiner” です。ドイツ語では “tischler” のようです。

さて、ドイツの国土は日本と同じくらいです。森林の面積は国土の30%弱ほどで、67%の日本の半分以下ですが、年間の木材出荷量は日本の三倍もあります。林業従事者人は130万人もいて(これは自動車産業の2倍に相当!)、関連売上は1兆円を超え、対GDP比も5%を超えています。木材の自給率はドイツはほぼ100%ですが、日本はわずか25%。森林から産出される木材を地域で加工・利用するための木材チェーンがしっかりと整備されていて、日本の状況からすると羨ましいシステムの下で林業が成立しているようです。つまり、指物師は、そういうバックボーンの中から産出される木工製品の中核的担い手として、しっかりした技術で優秀な製品を作ることが求められているわけですね。

日本の林業は地域の過疎化や労働力の不足といった問題があってかなりあぶない状況と聞きます。一方、持続可能な林業が200年も続いていると言われるドイツも、実は200年ほど前の産業革命の最中に乱伐などで森林が荒廃し危機的状況を経験したそうです。彼らは成長に何十年もかかる樹木の将来を見据えて行政を転換し、この危機を乗り越えました。

ドイツでも日本でも、伝統的手工業が衰退していることは間違いのない事実です。伝統工芸とはちょっとずれるかもしれませんが、指物師に関しては、ドイツの場合優れた政治・行政のおかげで生き延びることができました。日本の指物師や、もっと大きく広げて林業は、今後どうなのでしょうか。行政がその気になって、森林整備や施業を確立し、効率的な林業を行えるようになれば、木材の出荷量を現在の2から3倍にすることはたやすい、と言われています。今度の選挙では民主党が政権を奪取するのは間違いなさそうな情勢ですが、それで政治や行政はどう変わってくるのか。いつも感じさせられる、政治家や行政の彼我の違いをまたも感じさせられないことを祈るばかりです。

グループI 建築関係   グループIV アパレル・テキスタイル・皮革  
1. 左官、コンクリート打ち 47. 紳士・婦人服仕立て
2. ストーブ、空気暖房装置製造 48. 刺繍
3. 大工 49. 服飾デザイン
4. 屋根葺き 50. 機織り職人
5. 道路建設 51. 網製造
6. 断熱・断冷・遮音材製造 52. 帆製造
7. タイル工事 53. 毛皮加工
8. コンクリートブロック、テラゾー製造 54. 製靴
9. 床下地工事 55. 馬具・高級かばん製造
10. 井戸掘削 56. 内装・インテリア
11. 石材加工 グループV 食品産業
12. スタッコ塗装 57. ベーカリー
13. 塗装 58. ケーキ
14. 足場組み立て 59. 食肉加工・販売
15. 煙突掃除 60. 製粉
グループII 電気・金属産業   61. ビール醸造
16. 金属加工 62. ワイン貯蔵管理
17. 外科用機械工 グループVI 健康・保健産業、化学・清掃産業
18. 自動車・車両組み立て 63. 眼鏡技師
19. 精密機械工 64. 補聴器技師
20. 二輪車両組み立て 65. 整形外科技師
21. 空調機械工 66. 整形靴製造
22. 情報エンジニア 67. 歯科技師
23. 自動車エンジニア 68. 理髪師
24. 農業機械工 69. 繊維製品クリーニング
25. 缶詰の缶製造 70. ロウソク製造
26. 配管工事 71. 建物洗浄
27. 電気・ガス配線、暖房工事 グループVII ガラス・紙・陶磁器・その他産業
28. コンテナー、機械装置製造 72. ガラス工
29. 電気エンジニア 73. ガラス加工
30. 電機製造 74. 精密光学機器製造
31. 時計製造 75. ガラス細工師、ガラス装備品製造
32. 彫刻 76. ガラス器・陶磁器絵付け
33. 金属彫刻 77. 宝石研磨
34. メッキ工 78. 写真撮影
35. 金属・鐘鋳造 79. 製本
36. 切断工具機械工 80. 活版印刷
37. 金銀細工 81. シルクスクリーン捺染
グループIII 木材加工 82. フレクソグラフ
38. 指物師 83. 製陶
39. 寄木張り床工事 84. オルガン製作
40. ブラインド・シャッター製造 85. ピアノ・チェンバロ製作
41. ボート・船舶製造 86. 手弾楽器製作
42. 模型制作 87. バイオリン製作
43. ろくろ・木製玩具製造 88. ボーゲン製作
44. 木彫 89. 金管楽器製作
45. 樽製造 90. 木管楽器製作
46. カゴ編み細工 91. 撥弦楽器製作
  92. 金メッキ
  93. 広告看板・ネオンサイン製作
  94. 加硫・タイヤエンジニア

(表)
※財団法人 国際貿易投資研究所 (ITI) の「1953年手工業法によるマイスター対象業種の自由化案」から転載。「手工業法改正によりマイスター対象業種からはずされる見込みのもの」。